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第13話中編『ベルカの騎士』 |
[グラティサント北方空域 16時45分] "Northern Airspace of Glatisant" 1645hrs. 17, May 1995
雨の降り続ける薄暗い空の中、いくつもの飛行機の灯火が雲で霞んだ明かりの列を作り、南へと飛んでいく。ルインブルグ基地のハンガーで戦闘待機の合間に午後の紅茶を味わっていた時に突然のスクランブル命令が鳴り響いたのが、つい数十分前だった。スクランブルの詳細な内容も聞かずにあわてて部隊とともに基地から飛び立ち、今、僕たちは対空要塞グラティサントへと向かっている。キャノピーの向こうを見回してみると、同じようにルインブルグから飛び立った部隊や、他の基地から来た増援の航空隊の灯火も見える。航空機の明かりがいくつも固まりを作って飛ぶ姿は、かつて祖国に攻め入ろうとする敵を打ち砕くために集ったベルカの騎士たちの掲げる篝火が現代に蘇ったかのようだ。無線から電波を受信した際の雑音が響き、それが消えると空中管制機から落ち着いた、だが言葉の節々に緊張が聞き取れる声が聞こえてくる。 《こちら空中管制機『シェッツェン・ゲヒルン』、グラティサント防空任務に上がった全機に告ぐ。現在要塞は、多数の連合軍航空機による波状攻撃にさらされている。これより、臨時に防衛目標指示を行う。各隊は、個別に指示に従え》 彼の言葉に、いつもの事務的口調の冷静さがあまり含まれていない。普段とは違って、管制官からは矢継ぎ早に各隊に防衛目標の指示があり、それに対して空軍の猛者達が答えているのが聞こえる。そして、われわれストーム隊はエリアウォールの防衛を言い渡されたが、一箇所だけ指示が出されていない場所がある。そのことに疑問を感じ、質問しようとした時に管制官が続けて言葉を発した。 《なお、エリアゲートに関しては既に放棄が決定している。よって、こちらへの援護は不要だ》 エリアゲート放棄・・・。それは、グラティサントの防衛ラインの一つが、すでに落とされていることを示す。その言葉が発せられただけで、自分の緊張が否応にも高まるのを感じた。まだ連合軍の攻勢開始から数十分しかたっていないはずだ。たったそれだけの間で連合軍が、おそらく例の傭兵率いる部隊がグラティサントの一画を落とした。ベルカ空軍のみならず、ほぼ全軍にその名が知れ渡り、最大の脅威として扱われているウスティオの『猟犬』。そして、その片割れの『片羽』。彼らの部隊も、今回の作戦に参加しているに違いない。 ふと手元を見ると、操縦桿を握る手が少し震えているのに気づいた。これは、戦闘に対する恐怖なのか?それとも、強敵を相手にする武者震いか?…わからない。 ウスティオ国内からの撤退戦。あの時僕たちを追いつめ、そして出撃した部隊全てにとって最も脅威となった傭兵部隊を再び相手にしなくてはならない。その意味では、この震えは恐れから来るものだろうか・・・。 《フレイル、大丈夫か?》 無線からアルセム隊の2番機、ダテ・シゲサネの声が聞こえてきたが、大丈夫かと聞いている自分自身の声のほうが、大丈夫そうには聞こえない。 「そっちこそ・・・」 答える自分の声でさえ、どこか震えているように思えてくる。せめて、武者震いであることを信じたい。そう思っていたところに、ストーラー大尉の声が野太く響く。 《二人とも、作戦前の私語は慎め》 管制官が言いそうな台詞に首をすくめて、ダテとともに謝罪する。 「はっ、はい!申し訳ありません」 《すみませんでした・・・》 《まったく・・・だが、まあ、緊張を和らげようとするのは、いいことだ。戦闘では、緊張感のない人間は早死にするが、緊張で思考の固まった人間もまた死にやすい。生き延びるためには、適度な緊張も必要だ》 《その通りだな。ストーラーを少しは見習らったらどうだね、マクレイト中尉?》 会話に割り込むように自分たちの隊長、スクラム・フォン・レイヴァン少佐の声が入ってきた。ベルカ貴族レイヴァン家の出身で、その名に恥じぬ正々堂々とした戦い方からは、『天秤』と称されて部隊内だけでなく友軍からの信頼も厚い。何より、28歳で少佐という階級についていることからも、隊長の実力がどれほどのものか推し量れる--- そして無線からは、話を振られたテオ中尉が如何にも嫌そうな声で答えている。 《うえ、なんで俺に振るんですか?》 《おまえは放っておくと、空中戦のさなかに敵と漫談を始めそうだからな》 少佐の言葉に、無線の向こうからも笑いで息の流れる音が聞こえてくる。私も、二人の会話に知らず肩から力が抜けていった。その事実に、彼らのような素晴らしい仲間がいるということを、改めて実感させられる。訓練生時代や、まだ新米だったころ、そして戦争が始まってからも…。どんな時であっても、常に仲間と飛び続けてきた。時には迷惑をかけたりもしたが、笑って次はもっとうまく飛べ、と言って励ましてくれたし、いろいろなことを教えてくれた。様々なことがあったが、この部隊に配属されたことを僕は心から感謝している。本当に、快き仲間という得難いものを得ている僕は、何と幸せ者であろうか。 《各機、私語は慎め。敵部隊とのエンゲージまで、残り10分を切った。各隊、戦闘態勢のまま、飛行を続けろ》 AWACSからの本物の叱責に、無線はいくばくかの静寂に包まれた。目の前の薄雲の向こうには、時折爆発と思われる閃光が瞬いている。このわずか数マイル先には、戦場がある。緊張感が否応にも漂ってくる光景。だが、僕の心はむしろゆっくりと目の前の景色を見据えるように、落ち着いている。それは、自分の中の戦いへの恐怖をごまかしたからなどではない。むしろ、戦闘機のコックピットに座っている今まさにこの時であっても恐怖心というものは自分の表面にあふれ出てこようとしている気がする。だからといって、頼りになる仲間がいることに安心しているからでもない。むしろそれは、仲間に頼りすぎることになってしまい、かえって自分の寿命を縮めてしまうだろう。 では、なぜか?言葉で単純に表記するのは難しいが、あえて言うならば「信頼」のおかげ、なのだろう。その信頼は、単に仲間や上官を信じている、という意味ではなく、自分自身に対する信頼も入っている。自分の腕を信頼し、己を見つめ、最後まで自分の意志を貫く。そして、自分のことに誇りを持つ。空軍士官学校の頃のホルストほどにそういうことができているという自負を完璧に持つまでではないが、少なくとも自分は仲間と一緒に生き残るために戦っているつもりでいる。 それに‐‐‐‐ふと後方、やや上空にいる4機の白い機体を見上げる。ベルカ空軍にとって、すでに名実ともに最高のエースとなった彼の率いる部隊が、今回は参加しているのだ。今朝がたも、高高度を飛行する敵のAWACSを撃墜し、敵のグラティサント進行を食い止めるという大戦果をあげた騎士達。彼らが、こちら側にいるのだ。負ける、という考えは、まだ浮かぶことはなかった。 ‐‐‐‐そうとも、ナイトはこちらの手にある。それに、哨戒飛行に出ていたプリースト隊も、まだ戦闘空域に留まっているはずだ。つい先日、士官学校以来久方ぶりの再会を果たしたプリースト隊のホルストも戦っているのだ・・・・。 ‐‐‐‐僕も負けてられない!! 決意を固くしたところに、管制機から無線連絡が入る。 《『シェッツェン・ゲヒルン』より各隊、敵部隊は、要塞全域に展開。すでに、各エリアの対空迎撃能力は手一杯だ。各隊、交戦を許可する!連合軍を食い止めろ!!》 《ストーム隊、ヤヴォール!》 《シュプークから全機、敵に好き勝手させるなよ!》 《アルセム1、いつでも良いぞ!》 《ヴァンピーア隊、攻撃準備完了!いくぞっ!》 《イリス、指示があるまで待機します》 多数の友軍機が管制機の無線に答えているのが聞こえてくる。突如として始まった連合軍のグラティサント攻略。その知らせに急遽飛び立ったベルカ空軍側の戦闘機は、58機。対する連合軍は、戦闘機だけでも90機近く。攻撃機を含めれば、150近くになる。ただし、連合側は各部隊を地区ごとに攻撃に向かわせてあり、戦力は分散されている。さらに、いまだグラティサント本体の迎撃能力は健在。戦闘におけるアドバンテージはどちらにもないといえる。つまり、この戦闘の勝敗は僕たち空軍の支援にかかっているといってもいい。 《ストーム1、エンゲージ》 目の前に交戦中の敵機を確認し、いち早く交戦を宣言した隊長に続いて、僕も戦いの始まりを宣言する。 「ストーム4、エンゲージ!」 深緑色のカラーリングが施されたSu-37が、4機のトライアングルを維持したままグラティサントに突入していく。その赴く先、連合軍の傭兵の待ち受ける、戦いの舞台へと。
ベルカ側の増援として58機の戦闘機が戦闘空域に投入され、戦闘は混迷の装いを見せ始めてきた。 『猟犬』の翔る空に、混沌が訪れようとしている。
[エリアウォール 17時00分] “Area Wall” 1700hrs. 17 May 1995
私の操る愛機を左旋回させると、機体は空気の抵抗を受けて急激に速度を落としていく。A/Bを使って速度を維持する。目標は正面、こちらに後ろを見せる形で、右旋回している。兵装選択し、短距離ミサイルをシステムのウィンドウに表示させる。シーカーが作動し、HUDの敵のマーカーに向かってロックを示す四角が現れ、やがて重なるとコックピットに電子音が響く。即座にトリガーを引き、翼下のパイロンに吊るされたAIM-9、サイドワインダーを放つ。ロケット推進によって一瞬で加速したミサイルが必殺の矢となり、敵機を貫くかと思われたが、目標だった白いF-15はフレアをばらまいて回避していった。ミサイルが目標を見失って、雲を貫いていく。 「くっ・・・」 舌打ちしつつ、逃げようとする敵機を追うことをやめない。あの敵、胴体の部分が丸いところを見ると、ストライクイーグルを使っているらしい。なるほど、マルチロール機の中では対空戦闘能力に秀でている機体を、相手はよく使っている。決して型にはまった動きはせず、完全に後ろを取られても最後まで抵抗している。 しかし‐‐‐‐ウェポンセレクト、ガンモード。敵機の旋回方向の予測位置に対して右ロール射撃を開始。ばらまかれた20mm機関砲弾が敵機のすぐ近くをかすめ、何発かが火花を散らす。だが、致命傷にはならなかったようで、敵機はすぐさま機動を変えて退避しようとし始める。しかし、こちらの狙いはこれにある。あわてて旋回して速度を落とした敵機との距離を先ほどよりも詰めて、近距離からとどめの一撃を放つ。 <<警報。敵部隊の増援を確認。数、約60。敵も本気になってきたな>> ヘルメットからAWACSからの無線が聞こえてくる。…敵の増援が近いようだ。この敵1機だけに掛り切りには出来なくなってきた。まだほかの地区の戦闘は継続中だし、何より敵の増援がここに到着しては、面倒だ。正面で回避しようともがいている敵機の姿を、レティクルの中央にとらえる。左にひねった敵機の機首に、独特な形状の黒いマルタ十字の紋章。確か、中世における騎士の美徳を記すものだった・・・。 (マルタ十字には、8つの騎士道における美徳を意味するとされる角が8つ設けられている。忠誠心、敬虔さ、率直さ、勇敢さ、名誉、死を恐れないこと、弱者を助けるこころ、教会への敬意といった事を誓う者のみ、身につけることを許されていたが、時代とともにその意義が薄れていき、いまでは安易なマーキングとして使われるようになってしまった・・・実に、嘆かわしい) 歴史学のアマーリア先生の授業がふと思い浮かんで、失笑してしまう。今、自分はその騎士の末裔と殺し合いを演じている。おそらく、相手にも家族やこれまでの人生、そして未来がある、というのに、だ。 「---安らかに、あれ………」 不意に、そんな言葉が出てきた。ベルカ騎士団の末裔とまで呼ばれるベルカ空軍。その中の一人の騎士に対しての、せめてもの敬意を評しておこう……。ふっと、そんな考えが浮かんだが、考えてからどうしてそう思ったのか疑問に思った。--今の自分が、何のために生きているのか‐‐。そう、己の身を地獄の業火にさらしてまで、自分は何をしているのか。 考えてみれば、単純なことだった。自分のこの感情は、単なる気の迷いにすぎない。‐‐‐若干後ろ気味に狙っていた照準を、敵機の長いキャノピーに合わせる。確実に、殺すために…。 《ホルスト少尉、敵機に狙われていますよ!》 《分かっている!舌噛むなよ!》 無線が敵と混線して、相手のパイロットと後席の会話が聞こえてくる。おそらく彼らの最後の言葉になるだろうそれを雑音として頭で処理し、トリガーを引くために指に力をかける。トリガーの電子スウィッチが入れば、スティックから伝わる電気信号が機首に取り付けられたM61機関砲を作動させて、そこから発射される20mm弾丸が、毎秒数十発から徐々に加速していき、最終的には毎秒数千発という高密度で展開され、人間などひとたまりもなくなってしまうだろう。彼らの運命を想像した光景が浮かび、なんとも言えない昂揚感を感じた瞬間、コックピットにミサイルアラートが鳴り響いた。反射的にフットラダーを踏みつけ、操縦桿をできる限り傾ける。キャノピーの向こうに接近してくるミサイルの白煙が見えたかと思ったら、あっという間にさっきまで自分のいた空間を切り裂いて通り過ぎていった。その向こうに、なんとか退避の成功した先ほどのストライクイーグルが見える。 《こちらプリースト4、回避成功!助かりました・・・》 《プリースト4、一旦部隊と合流して体制を立て直せ。やつの相手は…我々に任せろ》 《了解!感謝します中佐。しかし、気をつけてください……噂以上の腕前です…》 無線から生き延びた敵機のパイロットと、ミサイルを撃ったと思われるパイロットの声が聞こえてくる。その声に私は、純粋に獲物を逃した悔しさを感じていた。狩りの邪魔をされた狼の気持ちはこんなものだろうかなどと思いつつ、愛機のホーネットを通り過ぎたミサイルの進行方向と直角に交差する向きに修正する。そして、ミサイルが発射されたと思われる方向を凝視すると、白い機体が4つの影として雨の空に映った。きれいなフォーメーションを作って、こちらに向かってまっすぐ向かってくる。 (…動きに無駄がない。相当のエース、ね・・・) 基本的に、エース揃いといわれているベルカ空軍。開戦からの『血の一週間』で戦力の90%を失ったウスティオ空軍がそのベルカ空軍に対峙できているのは、実質上傭兵部隊が空軍の主力になっているからといってもいい。伝統的なベルカ空軍を、傭兵という個性の塊で抑え込んでいるとも置き換えられる。その分、オーシアの上層部などからの反感を買っているが、ウスティオ国内においては友好的に迎えられている。つい最近、エアーウスティオの特別号としてウスティオ空軍所属の傭兵部隊の紹介記事が載せられ、発売数日後には完売。書店には追加注文が殺到し、出版社が緊急の増版を出さなければならないような事態になっている。 ただし、私の記事は載せられていない・・・・。 (取材を行ったウォルコット君には気の毒だが、スカイ・キッド社の上層部とは交渉が済んでいるのだ・・・) そう言って、私の正体を隠し続けていることを伝えてくれた、オズワルド司令。そのことに対して、何も感じていないように自分では思っていても、心のどこかでそれを聞いて安心している自分がいる気がする。自分が社会的に表に出ないことによって、彼女にあのことを知られずに済む。あの戦闘の時、彼女の姉が、どうなってしまったのかを・・・。 思考をいったん止めて、目の前に集中する。今は、敵を倒さなければならない。 <<相棒、加勢が要るか?>> そう言って、ラリーのイーグルが合流する。曇り空の薄暗い中で、彼の機体の右翼の赤がよく映える。いつものポジションについたガルム2と共に敵機の正面に向かう。こちらが向こうと正面で向かい合うように旋回を終えた後でも、敵機は攻撃を仕掛けてきたときと同じように4機編隊を崩さずにまっすぐこちらに向かってくる。そのことに、威圧感を感じているのか、それとも新たな強敵の登場に心踊っているのか。この戦闘が開始されて以来最も強い昂揚感を、私は感じている……。
INDIGO Belkan Air Force 7th Air Division 51st Tactical Fighter Squadron
《インディゴ1から、各機へ。目標を確認、これより攻撃を開始する》 デミトリ・ハインリッヒ中佐。ベルカ騎士団の血脈を引き継ぐ王侯貴族の末裔であるハインリッヒ家に生まれ、1988年に空軍入隊からわずか7年という驚異的な勢いで中佐という階級になるも、彼は生れの有利さに驕ることはなく、自分の腕だけでベルカ空軍を登りつめてきている。彼は入隊以来JAS-39Cを一貫して使い続けており、その白い翼にはベルカ騎士団章にも使われている『藍色』の十字が描かれている。ベルカンフリーガーマガジンにも出演するほどの、ベルカ空軍の英雄。彼の最も得意とする戦い方は、正面からの一騎打ち。
<<こちらイーグルアイ。ベルカの増援は、各作戦地区に向け散開。十分に注意せよ!>> イーグルアイ1機だけでは、グラティサントのような広大な戦闘地域に多数投入された航空機を一手に管制するのは難しい。そのため、AWACSからの警告よりも敵機からの攻撃のほうが早く届いた。 正面の4機のうち3機からミサイルが発射され、瞬きをする間に目の前まで迫るが、バレルロールで回避すると機体のすぐ傍を掠めるだけに終わった。お返しにこちらかもミサイルを撃ち込んだが、敵は旋回もせずにこちらに突っ込んでくる。しかも、4機の編隊を崩さずに、だ。思った通り、相当な手練だ。相棒と合流したのは、正解だったな。 最初にこちらのミサイルが敵機のそばを通過し、そのまま双方が高速で接近すると、どちらが最初に機銃を撃ったのかも分からないほどの高速ですれ違う。すぐさまサイファーとの編隊を解き、後方に飛び去って行った敵機を再補足する。動きをみる限り、敵機はこちらのことを空間全体で包囲するように展開しているようだ。ただでさえ、4対2という数の不利があるというのに、こういった戦法をとられると非常に厄介だ。事実、旋回で失った速度を稼ぐ間もなく敵機から再びレーダーロックをかけられ、回避のために再び旋回せざるを得なくなってしまった。 とにかく、囲まれてしまったらこちらの負けだ。それまでに、何とか敵の数を1機だけでも減らすことができれば・・・。どうやら、他の敵部隊は味方を抑えるために別の地区に向かったらしく、こちらにはそれほど多く来ていない。その代わりに、あのエースがいる。 《傭兵と我々では、戦いに挑む意義が違う。生き残りたければ、己の真意を見せてみろ》 旋回して動きの鈍ったこちらを見て上空から一気に降下してきた1機が機銃をばらまきながら低空へと降りていく。スロットルを絞り、エアブレーキで急制動をかけ、目の前を機銃の曳光弾と一緒に降下していく敵機の真後ろについてこちらも降下していく。 《くそっ、ウスティオめ!すばしっこい!》 後ろに付かれたのに気づいたのか、敵機はすぐさま進路を変えてこちらを振り切ろうとしてきた。だが、こちらとて一度手に入れたチャンスをすぐに無駄にするほど、馬鹿ではない。旋回中の敵機の予測進路に対しての牽制射撃を行い、敵機をさらに追い詰めていく。 何度か回避を続けて、動きが若干鈍ってきた敵機に狙いを定めようとした矢先、レーダーアラートが鳴った。後ろを振り返ると、敵機がこちらの真後ろに近づいてきている。 まずい、このままだと敵にダメージを与えることなく、囲まれてしまう。 《ここはベルカの誇り高き場所だ。連合如きには渡さん》 どうやら、後方の敵機は隊長機らしい。であるなら、こちらをロックしてすでに発射の態勢をとっているに違いない。舌打ちしつつ、仕方なく正面の敵機を追うのをあきらめて回避運動を開始したわずか数秒後、目の前の敵機を上方向から光の筋が貫いていく。直後に上空から降下していく蒼い機体と、それを追う白い敵機。高速で駆け抜けていった2機のうち、追う側から機銃が放たれてはいるが、仲間が撃たれたことに動揺しているのか、それとも最初から狙いをつけていなかったのか、相棒の機体には掠めてすらいない。撃たれた敵機はしばらく惰性で飛んでいたが、やがてパイロットが脱出、コントロールを失った機体は山肌へと落ちて行った。 《このベルカの空で、ウスティオもなかなかやるものだな。だが、これ以上好きにはさせん》 後方についていた敵機から、ミサイル発射。 「願い下げだな。素直に落とされるほど、親切にしてやるつもりもないしな」 フレアを放出し、山の斜面ぎりぎりまで降下する。目の前に切り立った山肌が迫り、機体のすぐ傍を木々が通り過ぎていく。急上昇し、谷の底面から一気に山の頂の上まで昇る。ミサイルはこちらを追尾しきれずに山に衝突して爆炎を散らしている。 《ここの雰囲気も大したものではない。いつも通りにやっていけるな…》 後方確認をすると、敵機の姿はなし。隊長機らしき先ほどの機体は、一度上昇してこちらの出方を見ているらしい。逆に、今度は相棒のほうが2機の敵機に追われて追い詰められそうだ。視界の端に追い詰められつつも、軽やかに翼を翻して攻撃をかわしているサイファーの姿を確認する。あれなら万に一つ、ということはないだろうが、気にはしておかなければいけないだろう。セオリー通りなら相棒の援護に向かうべきだろうが、上空にいる隊長機が気になる。あれは、単純にこちらの動きを見張っているだけなのか、それとも…。迷っていたその時、相棒を追う敵機から発射された機銃が蒼い機体の一部を貫くのが見えた。 「なっ!・・・」 一瞬、あ然とする。あのサイファーが、被弾した?ディレクタスの解放作戦の際、最後まで生き残った敵エース1機に手間取り、とうとう被弾するということがあったが、あの時はどちらかといえば燃料弾薬、そして直前に起きていたあの事件で本気を出しきれていなかったからだけだと思っていたというのに…。 知らず知らずのうちに、俺も相棒に対して何かを過信していたのかもしれない。どんな時でも生き延びて、そしていつもと変わることのない相棒のことを、絶対的な存在として捉えていただろう。たとえ俺がやられるようなことがあっても、相棒なら大丈夫なのではないかと考えていたのだ。それが、相棒に対しての精神的、実践的双方の援護を蔑ろにして、そしてどこかで距離を置きたがっていた理由なのかもしれない。サイファーの腕の良さに感心するとともに、心のどこかで妬んでいた、というところがなかったとも言えない。俺だって、自分の腕前で飯を食う傭兵だ。自分より腕のいい人間に、そんな感情を抱いたりもする。 その所為で、また…。目の前に、あの嫌な光景が浮かんでくる。俺が、まだひよっこだった頃‐‐‐。
次々と撃ち落とされ、散っていく仲間たち。助けを求める声が鳴り響く中で、どうすることもできない自分。目の前に現れた敵が、すぐ隣を飛ぶ味方を撃ち抜き、地面に叩き落としていく。何もできない、何もしたくない…。それなのに、目を閉じたりできずに目の前の光景を見続けるしかできない。自分と一緒に飛んでいた仲間の最後の台詞が、今でも耳に残っている。 (・!・・・!・・・・・・!?・・・)
<<っ!右旋回してっ!>> サイファーの叫びで意識が現実に引き戻される。目の前に敵機の白い胴体が現れ、反射的に機銃を打ち込むと同時に回避すると、敵機は攻撃に驚いたのか高度を落としていった。直後に、コックピットにミサイルアラートが鳴り響く。すぐさま、機体を旋回させると、後方に張り付くように接近してきているミサイルの姿が目に入る。そのことに、しばらくの間自分が意識を戦いから逸らしていたことに気付く。 なんてことだ!自分で自分の首を絞めてしまうとは・・・。 自分の愚かさに呆れかえりながらも、すぐに回避機動に入る。追尾してくるミサイルをだますためにフレアを放出して、さらに機体に負荷をかけながらも可能な限り急旋回を続ける。だが、ミサイルは思惑通りにこちらを見失わず、依然こちらを追尾してくる。いくつか対抗手段を考慮してみるが、しつこく付いてくるミサイルとの距離を縮めただけに終わってしまった。さらに近づくミサイルに、諦めるなと頭の中で叫んでいる自分がいるのは分かっているのに、特に回避などをしようと思わなかった。いや、諦めているという意識はないのに、体を動かそうとしなかった。目の前に自分の死が迫っているというのに、俺はただ近づくミサイルを眺めていたのだ。 (いったい何をしている?ミサイルがもう目の前に迫っているというのに・・・) (諦めろ、もうお前が戦いに出る意味などない・・・) (仲間を見捨てて、自分だけ生き残るのか?) (もういやだ、誰も来るな!) (助けてくれ!誰かっ!) 頭の中で、だれか別の人間がしゃべっているような感覚。これは、死に直面して意識が分裂し始めているのだろうか?そんなことを考えている時でもないであろうに、俺は止めどない思考を続けていた。迫るミサイルが、弾頭のセンサーが見えるほどに近づいた時、ミサイルが爆発した。そして飛び散った破片が俺の機体と体を貫いて、それで終わるはずだった。 だが、貫くはずの破片は俺の機体を軽く叩くだけに終わり、その多くは地面に向かって落ちて行った。 −!?− 何が起きたのか確認しようとしているところに、爆発したミサイルの後ろにもう一発が隠れていたことに気づいた。そして、これも同じように何もない空中で爆発した。その時になって、いつの間にか自分の後ろについていた蒼い機体の機首が瞬いていたのに気づいた。 <<まだ、生きてる?>> 無線から、相棒の問いかける声が聞こえる。ということは、つまり……20mmでミサイルを撃ち落としたのか!?高速で飛来するミサイル、それも、俺の機体からそれほど離れていない状態で正確にミサイルだけを撃ち抜く。そんな芸当ができるなんて、本当に噂程度の話だけじゃあ済まされないぞ…。そんなことを考えながら俺の右前方に出てきた相棒の機体をあ然と眺める。 <<まだ、生きてるの?>> 「あ、ああ・・・」 二度目の呼びかけになってようやく返事ができたが、内心穏やかではない。まさか、ミサイルを20mmで落とすような芸当を、目の前でやられるとは・・・。本当に、相棒の戦闘スキルの高さには驚かされる。もはや、先ほど自分が相棒の腕に嫉妬している、などと思ったことが逆に恥ずかしく思えてくる。その意味合いも込めて、いつもより真摯に謝った。何より、自分のミスということが重くのしかかっていた。 「すまない、油断していた…。俺のミスだ、責任は…」 <<生きていさえすれば、過去の過ちは償える…>> なに?なにを言いたかったんだ、相棒は? 戦闘はいまだ継続し、敵機はもう一度攻撃を仕掛けようとしているというのに、俺は周りのことなどお構いなしにただ相棒の言ったことが気になってしょうがなかった。俺のミスを容認するようなセリフを、どうしていったのか。ほんの僅かな時間をおいて、サイファーの声が続く。 <<前のサイファーが、よく言っていた言葉よ…。今の私にとっては必要なくても、あなたには必要だわ>> そう言って、再び近づいてくる敵機に向かって行った相棒の蒼い機体。その翼が、どこかさびしげな雰囲気を漂わせていると思ったのは、なぜなのだろうか。それに…。 <<アギラ隊、目標への攻撃開始。ベルカの戦闘機など、蹴散らしてやれ!>> 突然の無線に思考を中断させられた。レーダーに、例の少佐殿の率いる飛行隊がこちらに向かってきているのが映っている。どうやら、あのエース部隊に挑むつもりらしい。数の上ではあちらのほうが有利だが、大丈夫だろうか?一筋縄でいけるような相手には思えないのだが。 《やつらのような連中に、甘さを見せる必要などない。全力で当たれ》 すぐさま対応した例のエース部隊の生き残り。距離を置いたことで相手をしっかり見ることができたが、白いグリペンを駆り、翼に藍色の十字の入った部隊…。 「まさか……あいつら『藍色の騎士団』だったのか!?」 <<その通りよ…>> 相棒の冷徹な返事が衝撃をさらに増幅する。 なんてことだ・・・。さっきまでは自分が生き残るだけで手一杯だった上に、いつもなら絶対にしないミスを侵して気が動転していたのだろうか。こんな有名すぎる連中のことに気付かなかったなんて。ベルカ空軍のインディゴ隊。通称、『藍色の騎士団』。トップクラスのエース揃いの航空隊だ。その隊長のデミトリ・ハインリッヒに至っては、今や撃墜数を含めた全般的な意味でのベルカ空軍最高のエースパイロットの一人となっている。円卓で俺たちが落とした『赤いツバメ』も相当の腕前だったが、ハインリッヒは別格だ。やつは、自分の腕だけでベルカ空軍の中でのし上がってきた、叩き上げの戦闘機乗りだ。そんな奴の率いる部隊を相手に、アギラ隊では役不足になるに違いない。事実、最初の攻撃を軽くいなしたインディゴ隊にアギラ隊は翻弄されている。 <<く、くそお!こいつら、化け物か?>> 少佐の悔しそうな声が響いているが、すでに敵機は次の目標を探して叩く態勢にまで入っている。そして1機、また1機と、曇り空に死に花を咲かしていく。その光景を見ているはずの相棒は、先ほどから黙ったままだ。だが、確実に機体を相手に対して有利な場所へと動かしている。目の前の味方を見捨ててでも、相手への攻撃を優先する。あまり気持ちのいいのもではないが、戦術的には一番いい手でもある。空戦の行われている空域から6000ほど昇った時、相棒の機体が反転して一気に降下態勢に入った。俺も、その後に続いて降下する。正面に、アギラ隊を落とそうとしている敵機が2機、ほぼこちらに後ろを見せる形で下から上へと飛び去っていく。俺たちはそのまま加速しつつ降下し、目の前に白い翼が迫ってくるのかと思った瞬間にガンを撃ち込み、そのままの勢いを保って敵機の下へと通り過ぎる。後方を確認すると、貫かれた2機が火を吹いているのを確認できた。これで、3機目。だが、もう1機はどこにいるのか…。正面にレーダー反応が現れる。 《…ザッ…なるほど、先発部隊がてこずるわけだ・・・ガ・インディゴ隊を相手にここまで戦えるとは、な》 ある程度距離をとっているのか、相手の無線の受信状態が悪い。そもそも、混線すること自体が本来の使い方とはかけ離れているものだ。しかし、この声は混線しているにしてはよく聞こえている。ひょっとして、無線の周波数を合わせているのか?その疑問に答えるように、無線からデミトリのものと思われる声がクリアに響く。 《傭兵、聞こえるか?これで終わりにしよう。無用な戦いなど、不要だ》 正面で俺たちと向き合ったグリペンが、猛然と加速してこちらへ向かってくる。相棒も、それに対抗して加速していく。俺も当然、それについていこうとした。だが、無線から聞こえてきたサイファーの声に、一瞬思考が固まってしまうほどの驚きを覚えて、スロットルレバーにかけた手を放してしまった。その所為で加速が遅れ、相棒との距離を離してしまう。 <<あなたは手出ししないで>> な、なに?どうするつもりなんだ、相棒?あいつとけりをつけるつもりなんだろう?なら、なんで俺を連れていかない? そんな疑問が、胸の内を駆け抜けている。そして俺は、その疑問という名の不安を感じていることを自覚していなかった。相棒と離れること、相棒がどこかへ行ってしまうのではないかと思うことが、俺の中で不安材料になっていたことにも…。
「あの人とは、一人で決着をつけたいの・・・」 <<だからって・・・>> 無線からフォルクの戸惑う声が聞こえる。無理もないことだ。第一に、私自身が戸惑っているのだ。 なぜかは分からない。ただ、彼との一騎打ちをしてみたくなったのだ。私が、今まで闘ってきたことの理由を、彼にぶつけてみたい。そこに、何か答えのようなものがあるとも思っていないのに、そんな気持ちがなぜか湧き起ってきてしまったのだ。だから、彼には面倒を押し付けさせてもらおう。 「お願い、ほんのしばらくの間だけでいいから…」 しばらくの後、無線越しに諦めたような口調でフォルクが語りかけてきた。 <<…わかった。だが、一度だけだ。一度交戦したら、すぐに援護に入る>> 最後の条件を付け加えたのは、彼なりの譲歩をしてくれたということか。だが、それで十分だった。翼を翻して一旦離れて行ったフォルクを見送り、正面にいる『藍鷺』に向き直る。 《感謝するぞ、傭兵。私をここまで本気にさせてくれて》 迷いのない声。戦いに挑む本当の意味を知っている戦士の覚悟とは、こういったものなのだろうか。 『赤いツバメ』、『フクロウ』、『番のカワウ』、そして、彼。出会ってきたベルカのエースたちには、私にはない、何かが確かにあった。それを、なぜ羨んでいるのだろうか?自分は、たった一つの事のために、飛んでいるというのに…。 考える暇はなく、一気にグリペンとの距離が狭まって行く。ガンレディ、レティクルが敵機と重なるよりも早く、通常の姿勢での射撃を開始する。敵機も、ほぼ同時に射撃開始。曳光弾がお互いの機体のすぐそばを通り過ぎ、機銃の何発かが機体を叩くガンガンという音が響く。お互いにかすめるような距離で交差し、そのまま直進する。コックピットの警告ランプが灯り、機体の損傷を伝えている。 (燃料系をやられた…一度基地に帰投しなければ…) 後方を確認すると、『藍鷺』の機体は平衡を保って飛行していたが、やがてその機体から煙が噴き出し、徐々に炎に包まれていった。だが、それでも飛ぼうとすることを止める気配がしない。まさか、と思っていたところに、無線が入る。 《…見事だ、傭兵…敵としてではなく、味方として出会いたかったものだな・・・》 その無線を最後に、機体からパイロットが射出されて、主を失った翼が山へと落ちていく。 あっけなくなどない。あまりにも、猛々しく、そして勇敢だった、彼らの機動。どうして、彼らとの戦いがこんなにも心を乱しているのだろうか。今までだって、脅威となるような相手はいた。だが、それが私の心に影響を及ぼしたとしてもほんの僅かなことだった。それだというのに…。 わからない・・・。わかりたくない・・・。私は私・・・・・・、それ以外に、何がいるっていうの・・・。 合流したフォルクの機体がすぐ傍を飛んでいることにすら気づけないほど、私は思考の海に自分を沈めていた。だが、彼もあえてこちらに声をかけたりはしなかった。わたしは、夜の闇に脅える子供のように、沈黙を守っていた・・・。 その意味を、お互いに理解しようとせずに………。
戦闘の続くグラティサントの空、2機の猟犬が飛び続ける。その胸に、傷と、悲しみを秘めて。
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使えます(笑 |
まさに、当時の状況を再び再現しているかのようです エヴァが戦慄として日本を駆け巡っていた時代ですから、 この音楽と編集はかなりきてます
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